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地域文化の交差点 古材の森

古材の森では、油機エンジニアリング株式会社のメセナ活動の一環として、明治34(1901)年に建築された建物を次世代へ引き継ぐこと(動態保存)を目的に、「地域の歴史と文化への着目と発信」をテーマとする企画展や、講座など、さまざまな文化活動を行います。
その他、スペースを活用して、コンサートや講座など様々なイベントにもお使いいただけます。

■ 建物について(西原家について)

江戸時代中期より、糸島地方で屈指の商家として栄えた西原家は、屋号を「綿屋」といい、天明年間(1781~1788)に志摩郡青木村(現在の福岡市西区青木)から唐津街道の宿場町であった筑前国志摩郡前原宿に出て商売を始めたと伝えられています。
最初は、小さな店だったようですが、櫨実や菜種等の取り扱いを始め、寛政年間(1789~1801)から、本格的に醸造業、質業、櫨実の集荷などに着手し、その後、貸付、酢醤油製造、呉服と商品流通の波を巧にとらえ事業を拡大しました。
福岡藩への財政支援にも積極的に応じ、嘉永五年(1852)凶作時の貧民救済によって「箱崎松原出」(福岡藩主の参勤を見送る名誉なこと)を仰せ付けられ、安政二年(1855)、早魃字の救援に対し「一代大庄屋格」を申し付けられ、その他、数度の「寸志金」差し出しにより、藩から褒賞を頂戴するなど、「豪商」「西に前原綿屋あり」と称されるまでに成長しました。
西原家には、主に藤三郎を名乗る「本家綿屋」、藤七を名乗る「別家板場」、藤次郎を名乗る「別家出店」の三家があり、現在「古材の森」として活用している建物は、安政二年(1855)本家三代目の藤三郎が新しく呉服商を独立させた「出店」の建物で、明治三十四年(1901)に新築されたものです。
明治時代になると「出店」西原藤次郎は、呉服商を継続しながら、煙草販売、度量衡器販売、代弁業など商業活動を広げ、明治二十五年(1890)に「前原商業会」を発起し、同四十三年(1910)には「前原商工会」に発展させ初代会長となりました。
また、明治三十九年(1906)には、「板場」西原藤七らと共に「老松座」を建設して農閑期に興業を行うなど「篤志家」「名望家」として地域貢献に尽くしました。
現存する綿屋出店には、敷地内に、郵便業務を行っていた西店と呼ばれる建物や、茶室、三階建ての蔵造りの建物、いくつもの土蔵があったと伝えられていますが、現在では主屋が残るのみです。しかし、内部空間のすばらしさにより西原家の繁栄を偲ぶことができます。

古写真によってよみがえった建築中の風景

旧西原邸の建設工事に携わった大工たち

明治33年(1900)からはじまった旧西原邸の新築工事に携わった大工たちです。

大梁の引き上げ

滑車を使って大きな梁を引き上げています。建物越しに見える白壁は、筋向かいの西原本家の建物です。

建築中の旧西原邸

明治33年(1900)4月頃の様子。太い桁が組まれ、地松の大きな梁が組まれます。

瓦葺き

棟上の後瓦を葺いている様子。当時は二階から志摩方面の遠くの山々を望めたのでしょう。

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